文化を触れに《更新しました》

夜勤明けで今日は午後から神田へ向かう。

私とて海ばかりではバランスが悪い。文化に触れ教養を身につけないといけない。

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神田古本まつりは明日や明後日が本格的だ。カレーグランプリも加わり、楽しみは土日がピークだろう。

昔のカレーグランプリは「試し食い」なかんじで、値段がリーズナブルだったが、昨今の高級路線の影響か?高いし、試し食いなどできそうにない。

今回はカレーグランプリと本格的な古本まつりは敬遠して、慎ましい小古本まつりを楽しみに行く。

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亀戸、錦糸町を西に向かう。

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R6の水戸街道入口や亀戸天神あたりは古い店が見られるが、店主の高齢化は免れないようだ。

商売も技術である。

売り方、取り引き先の作り方、揃え方や並べ方、品数の吟味、値段の設定など、直ぐにできるものでは無い。

なんでも技術、技術というのは私ね悪いくせだが、商売も生きる術をである。それにより、生き抜いていくのだ。生半可な気持ちではできやしない。

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まずは神田神社に寄る。

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午後の黄昏と朱塗りの門がマッチして独特の雰囲気を醸し出していた。

新しい建物が出来つつあるようだ。巨大な大理石でできた恵比寿様が工事現場から、境内に微笑みかけていた。
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・・・カネがあることねえ。

工事現場に数人の背広が居るけど、庶民には関係ない高度な話をしているのだろう。背広もかなり良いものだと思われる。

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境内のベンチでボーッとする。

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良い神社は感覚的に手や足から暖かくなるのが分かる。

人造物の多い神田神社だが、誰でもOKな感じのフランクな神社である。親しみが湧くまさに江戸総鎮守の社(やしろ)。商売っ気多し。

お土産屋さんを冷やかす。

隣がアキバもあってかコラボな商品が目立つ。

最近ではラブライブだけでなく、ソードアート・オンラインとのコラボが行われ、キーホルダーが売られていた。


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聖橋から明大、日大を抜け三省堂前に出る。f:id:Southapollon:20181103222539j:image

途中、カレーのエチオピアまえを通る。前はちょくちょく通っていたが、今はお金が無いので食べるとしたら、1年にあるかないくらいのご馳走となるだろう。

食べるとポカポカする不思議なカレーだ。

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古本まつり用の提灯が並んでいる。売り子が野外レジで頑張っているのが見える。

露店か出ると歩道が狭くなり歩きにくい。通行人も目当ての商品を見つけるからうろちょろする。細い歩道は大渋滞となる。

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f:id:Southapollon:20181103222808j:image←カレー店の説明多し。

パンフレットも参考になるが、最後は自分の好みと直感で選ぶ。

この街では文学、歴史、自然科学、思想哲学、軍事関係となんでも本は揃う。

確か、数年前にISに行った若者が、神田の古本屋で買った書物により、傭兵志向に被れていたと聞く。

ISを創り出す世界情勢や軍事物で傭兵を目指す若者など、考えるとキリがないくらい、複雑な世の中だ。

それに、善悪が分かりにくい世の中というのもネックになっているだろう。

邪悪さはその分かりにくさに漬け込んでくる。でも、1番分かるのは目の前で痛いと泣いたり、血を流し苦しむ人だ。

自分の感覚を素直に味わうこと、見つめること。自分以外にも人(や生き物)にも感覚があること。それは素朴で簡単なことだけど、一番守らないといけないものなのだ。

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数時間は古本屋を冷やかした。


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どれもこれも、欲しいものばかりだが、お金が無いので厳選して本を選ぶようにする。

魔術や旧約聖書に関連したモノと、Dr.養老の本の3冊だ。

近郊都市の宿命と言うべきか?売れるもの、流行のものなどしか置かず、売れなさそうなものや時代に合わないものは置かないようになる。

思考マイノリティーな私にとってこれほど、欲しい本がないのは辛い。

本の街である神田や大型書店の存在はホント助かる。f:id:Southapollon:20181103222741j:image

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夕闇の神田古書店街を後にし、日枝神社に向かう。

靖国神社から永田町へ向かう。アップダウンの激しい地形に出会う。

時間帯的なものか?タクシーが多く通りだしている。

飲み屋に向かうような中上層な背広がタクシーを拾っていた。

赤坂や六本木に近いため、ややリッチな方々が見られるようになる。

着ている服も良い感じのモノだ。万年作業着の私とは住む世界が違いすぎる。

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日枝神社に着いたのが7時を過ぎた頃だ。案の定、神社は閉門しており境内には入れない。

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暗い神社の周りに明るい高層ビル。

神田神社より木があり自然な感じがするけど、同時に永田町…国会議事堂が近いのを思い出す。

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日枝神社はまた後日、昼間行けたら行こうと思う。ご縁があれば…。

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新橋経由で帰る。

首相官邸辺りを含めデモ隊の叫び声がする。

首相辞めろコールが暗い夜空に響き渡る。

戦争可能法案、独裁政権、属国としての利益追求、労働環境問題、貧困化、高齢化、教育問題など様々な問題が永田を通過する時に頭を掠めた。

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銀座あたりで航空会社のデモ隊に鉢合わせる。

デモをするからといい、届け出たり、費用を払ったりして訴えることと言えば、街中で交通渋滞を引き起こす、メーワクな方々…にしか見えない。

なぜ、弱者になれば自分の知り拭いまでしなければいけない境遇になるのだろう?

何故訴えは届かず、交通渋滞を引き起こす迷惑にしかならないのだろう?

「(世の中の)システムがいけないから」

「弱者にならなきゃいいじゃない!」

だけど、不合理なことは人間、誰にでも起きてしまう気がする。

それを全て自己責任として片せるものなのか?

デモ隊なひとりが私でなかった、というだけでも運命の不思議を感じる。

世の中の不合理を被っている立場の悪い人が、私でないのに生きる不思議さを思わずにはいられない。

彼らが私であってもおかしくなかったのではないか?

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宝町から茅場町、葛西通りを通る。

段々、車が少なくなってくる。商用車やトラックも走ってはいない。

暗い街道に一日が終わる。